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2013.03.29

ネグリ&ハート、酔流亭日乗さんへ

 酔流亭日乗さんのブログに最近掲載されたネグリ&ハートの「コモンウェルス」に関する感想についての、私からのコメントです。
 長すぎて氏のブログからは直接投稿できなかったので(^^;)。

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 マルクスの著作に例えれば、今回の「コモンウェルス」はネグリ&ハートの党宣言ではないかと(^^;)。〈帝国〉が資本論、ないしは経哲草稿(^^;)。
 実はその前にネグり単体の「構成的権力」というのがあるのだけど、私はこれを入れて3部作と思っています。
 一般的には「マルチチュード」を入れてそう呼ばれているようだけど、あれは〈帝国〉の中でのマルチチュード概念をもう少し具体的に解説したようなものかなと。
 一貫して「主体」とは何かということと、それはどうやって創られていくのか=「構成」されていくのかが彼の主要な問題意識のような気がします。

 問題はフーコーの「生権力」概念を現代の困難さの主要な障碍として全面的に適用していることだと思うのです。
 階級闘争における主要な敵は個別資本ではない。部分的な戦術的な闘争を積み重ねるだけでは、敵はするりと身をかわし、根本的な打撃を与えることはできない。と、まぁその通りだと思うのですが、しかし、最初はそこからしか始まらないよねと。
 もちろんそのこと自体ネグリも否定してるわけではないのですが、その個別の戦線を繋げるための媒介というか基底原理は、コモン(共)の創造=愛なんだと(^^;)。ラヴ&ピース(^_^)v。

 ここらあたりで思わずずっこけそうになるのだけど(^^;)、コモン(共)=愛は常に腐敗するものでもあるから、それを「党」でもって本来の創造的なコモンに集約していくんだと。ゆえに「党」の組織原理は民主集中性ではなく、様々な彩りを持った諸戦線を繋ぐ統一戦線的なものでしかあり得ないのだと。

 レーニンと同様に「党」の必要性は認めるのだけど、その中身は唯一無二の指導的前衛党とはかけ離れたものなんだと。
 レーニンの営為は評価するけど、問題はプロ独が民主主義を強化するといった弁証法は間違いである、と。史的唯物論だの弁証法だのといった、これまでの古典的なマルクス主義の「原理」を真っ向から批判した〈帝国〉に比べれば今回の「コモンウェルス」はかなり大人の表現になっているかと思いますが(^^;)、コモン(共)はアウフヘーベンされるものではなく、それ自体を直接組織していくしかないのだということを力説しているように私には読めました。

 で、実はデヴィッド・ハーヴェイの新著「反乱する都市」というのが、このネグリ&ハートの仕事に共鳴しているのが面白いのですよ。
 ネグリ&ハートが広げた壮大な大風呂敷を、都市化(アーバナイゼーション)というキーワードで丁寧にたたみ込んで、そのいくつかのほころびにパッチを当てながら、具体的な革命の展望とその組織論を展開している、と(^^;)。

 この「反乱する都市」を入れて、ネグリ3部作と共に左翼の間に広く議論がわき起これば面白いよなぁと思っているのですが・・・。
 左翼って嫌いなのよね、ネグリが(^^;)。
 だいたい伝統的な左翼にとって不倶戴天の敵であるポストモダンの連中の概念を取り入れるなんて、ということだと思うのですが(^^;)。

 でも、面白いものは面白い(^^;)。

 てなことで。

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2013.03.05

労働力市場の液状化

 今に始まったことではないが、いわゆる委託労働者からの相談が増えている。会社に直接雇用されている有期雇用労働者でもなく、派遣業者に雇用される労働者でもない、いわゆる個人事業主として分類される方からの相談である。

 名称は見栄えがするがその実態は資本の側からすればいつでも首が切れる日雇い契約労働者に過ぎない。
 下請け孫請けという形で、このような個人事業主を集めて会社形態にし、親会社に事業契約を一括して委託するという形態も多い。
 それは建設業などではすでに構造化された形態でもあり、原発の下請け労働の問題も同様のものとして今まさに社会問題化している。
 今その構造が、このような業種に限らずあらゆる形態の業種に行き渡っているのではないか。

 先日市民会館を管理する業務を請け負っているという方から相談が入った。同様に請け負い形態で、個人請負の方を集めて小規模の会社形態を取っている。市民会館の側から、今日は仕事がないから来なくてもいいと言われてしまう、と。つまりいつ干されるか分からない不安定な雇用状況で、生活設計ができないという。
 これが派遣会社との雇用契約ならば、仕事のない日も給与保障があるのだが、個人の請負契約を代行している会社、つまり契約業務をこれまた一括して請け負っている会社という形態なので、仕事のない日は給与保障はない。
 昔はこういうのはやくざの口入れ稼業といったものだが、こういう形態が官民を問わずあらゆる業種に拡がっているのではないか。

 有期雇用問題、特にこの国最大の有期雇用を擁する郵政事業については、その根本的な解消は困難であっても、労働組合的取り組みとしては比較的ストレートに取り組むことができる。パート労働法が施行され、さらに民主党時代に成立した労働契約法の改正にしても、もちろん決定的な限界はあるにせよ、争議の武器として使える部分は最大限活用が可能であり、運動もそれをてこに展望を立てることが可能だろう。
 直接雇用の有期契約労働者は、少なくとももう簡単には首を切ることはできない。待遇、賃金、社会保障等々の面については未だその格差は甚だしいが、雇用の継続という一点に絞れば、正社員並みの制約がすでに課されてはいる。改正労働契約法についても、特にその20条の差別待遇禁止条項を盾にした今後の運動の推移によっては、様々な格差についての幾ばくかの解消の展望も出てくるかも知れない。

 しかし、この個人請負の問題は、それが労働契約ではないというそれだけの理由で取り組みの困難性が一気に増してしまう。
 これまでは偽装請負ということで資本を追及しそれなりの成果を上げてきたが、資本の側もその争議の経験から学んでいるだろう。実体的には偽装請負だとしても、その証拠を掴ませない巧妙な管理手順をマニュアル化している。資本の側もきちんと学んだ上で、それでもなおかつ直接雇用の有期雇用契約よりははるかに雇用調整が容易な個人請負という形態を今後も増やしていくに違いないのだ。

 最近来た相談では、郵便事業のポスト取集業務請負に関して、競争入札によってこれまでの業者が閉め出され、一気に30名以上の解雇者が出てしまうというもの。
 これまで取集業務を請け負っていた業者は日本郵便輸送の下請け会社。競争入札にはこの下請け業者に代わって一括して日本郵便輸送が入札を行い、結果落選したというもの。
 競争入札というならば、この下請け会社が直接参加できても良さそうなものだが、日本郵便、日本郵便輸送双方から圧力がかかり実際は入札に参加できなかったという。
 縦の系列支配によって現場の末端労働者の反乱を最小限に抑え込む構造だといえるだろう。資本にとって、これほど使い勝手のいい労働市場はないに違いない。必要なときに随時最も安い労働力のしかも比較的安定的な供給が保障されるのだ。
 働く側にとってはこれはまさに労働市場の液状化と言ってもいいのではないだろうか。

 すでにマスコミ関係、IT事業関係、アニメ業界、等々、ネグリがいうところの、「知識や言語、コード、情報。情動などの社会的な生産」を担っている最先端の業種はどこも個人請負業態が現場の主流となっているだろう。
 ネグリはいち早くそこに産業構造の転換を見、フォーディズム下の労働者に代わって、そのような生産を担うマルチチュードを革命の主体として設定する。

 労働者、労働契約、その二つの概念が空洞化し、労働市場の液状化現象の真っ直中に漂うマルチチュードこそを主体として組織化せよというならば、なるほどこれまでの伝統的な労働運動は確かにその限界が露呈してしまう。労働契約を基にした労働者という概念こそが労働組合の存在基盤であったろうから。

 ただし、労働市場が液状化したと言っても、そこに流れる膨大な、ものは、労働力商品であることには違いない。

 さてさて、今日はこのくらいにしとこう(^^;)。
 ネグリの話をするつもりはなかったのだから(^^;)。

 

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