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2009.01.24

デブはそれだけで中傷の的

 多田野 Daveは太っているのでひどい中傷を受けることがままある。

 名前も付かない病状による障害を負って、年に数回は発作に見舞われ長期のステロイド治療を余儀なくされる。そのたびにステロイド太りになり、異所性脂肪沈着という副作用に悩まされる。中新性肥満ともいうらしい。読んで字のごとし。おなかだけがぷっくりとふくれてしまうのだ。

 名前も付かない病状と言ったが、医者は気管支の骨粗鬆症ではないかという。それだけでもこれまでのステロイドの乱用を暗示しているのではないかと思うが、緊急発作止めによる延命措置のため、やむを得ないのかなとも思う。
 気管支がこんにゃく状態なので体重が増えても運動もできず、ただひたすら絶食によって体重を減らしていくしかない。昼飯を1食抜く。ただ抜くだけではかえって夕食時にそれを補ってしまうので(^^ゞ、ビスケットのようなものを一つ二つ胃に入れる。
 それを見て、間食ばかりしてるから太るのだと中傷されるわけだ。
 デブの人ならば経験あると思うが、太っているというだけでだいたいその人間の能力まで劣っているのではないかと疑われる。

 確かに、誰よりも怠け者でいい加減で遊び人であることは自覚しているけど、それをデブのせいにされるのは、やっぱり納得いかない。
 デブと私の怠け癖は関係ねぇーだろうよ(^_^;)。

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2009.01.22

貨幣崩壊にいたる恐慌 1

試論:現代世界恐慌の相貌
1. 世界経済の半世紀概観

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100年に一度の危機といわれる。であるならば今回の危機は1930年代の世界恐慌をも上回る大恐慌に見舞われてもおかしくないと思うが、マスコミに登場する様々な評論家のおしゃべりからはそういった危機感を感じることはできない。早ければ今年年央にも、遅くとも3年後にはまた新たな成長が始まるだろうという。本当にそうなのか。私は意見を異にする。これは恐慌である。100年の歴史のパラダイムを一変させる事態がこれから始まるのだ。
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 200万人の群衆に囲まれたホワイトハウスが、一瞬カアバ神殿に見えた。

 1月20日、アメリカのみならず世界の期待を背負い、特にこの国の経団連新年賀詞交歓会に集ったお偉方たちの一途の期待を背負い、バラク・フセイン・オバマがアメリカ大統領に正式に就任した。
 その就任演説からは聴衆を煽るこれまでのなじみのフレーズは影を潜め、抑制されたトーンでより現実主義的な面を浮かび上がらせるような内容になっており、正直肩すかしを食らったような晴れ舞台だと感じたのは私だけではなかったろう。
 もっとも、200万人の聴衆を前にして、27歳のスピーチライターによるこれまでの修辞の数々を抑制したということは、それが自らをポピュリストと位置づけられるのを懸念したオバマ自身の判断だとするならば、確かに巷間言われるようにこの大統領は、これまでの選挙戦向けの見かけよりもはるかに慎重な現実主義者なのかも知れない。

 公民権運動に敬意を払い、ブラック・ルーツ・ミュージックをこよなく愛してきた私にとっても、アフリカン・アメリカンの万感の思いはよく理解できる。また、オバマを通してこれまでの閉塞感に抵抗しようとした若者が、層として政治的にアグレッシブになったということも希望の一つだろう。
 ワシントンを埋め尽くした200万人の市民の個々人の想いには心より敬意を表する。しかしそれと今後このアメリカ第44代大統領が、資本主義の最後的危機を前にして、さらにその延命を図るための使命に忠実に、挙国一致体制への国民動員に全力を尽くそうとしても、その努力は数ヶ月後には早くも空回りしてしまうだろう。彼が当初予定していたプログラム以上の予想だにしなかった政策の選択を迫られるのに、そう時間は残されてはいないだろう。
 今回の危機は、「危機」というレベルなのではないことは以前この誌面上にもすでに書いた。何度でも言うが、これは恐慌である。
 それが恐慌であるという論拠を再度ごく簡単にこれまでに至る資本主義システム変遷の流れを主にアメリカを中心に時代区分ごとに整理する中で示してみたい。

 フォーディズムの終焉

 アメリカ黄金の50~60年代を謳歌したフォーディズム型資本主義の高揚期は、70年代に入るやその資本蓄積率の逓減に悩まされるようになってくる。それは市場の飽和と先の大戦の敗戦国であるドイツ・日本の世界経済のメインストリートへの復帰によって、相対的にアメリカ製造業は厳しい競争に晒されるようになったからである。また、ベトナム戦争の泥沼化は国家財政を逼迫させ、結果、世界通貨として水ぶくれしていたドルは、早々とその金兌換制度の廃止を宣言し、以降ドルは、それが世界通貨だから世界通貨なのだという単なるトートロジーによって通貨としての根本的な裏付けを欠いたまま現在に至る。

 経済の立て直しのためには製造業に変わる新たな成長エンジン、新たな資本蓄積モデルが模索されるようになる。アラブ諸産油国の自立という要因もそれに拍車をかけた。
 70年代は新植民地主義と新帝国主義の時代だと言われるが、すでにこの頃から主要先進国を舞台として現代に至るグランドコンペティション=グローバリズムが進行していたといえよう。

 70年代を通した資本蓄積率の低下に対する処方箋として実験されたのが、ハイエクにその起源を持ち、ミルトン・フリードマンがシカゴ大学でその学派を形成した、ネオ・リベラル派によるチリ・ピノチェト軍事政権の経済立て直しのための処方箋だという。
 フリードマンの弟子たちからなるアメリカ経済顧問団による、緊縮財政と規制緩和という現在に連なる政策の実験は、フリードマン自ら「チリの奇跡」と呼ぶほどの経済復興を遂げたとされる。この「勝利」の経験が、後のサッチャー、レーガンへと受け継がれていく。
 ただし、チリのその後の状況を見れば実はこの「勝利」とはあまりにも皮相な自画自賛でしかなかったことがわかる。以下、Wikipediaからの引用だが、「1973年には4.3%であった失業率が10年間に22%に上昇。貧富の差は急激に拡大し、貧困率はアジェンデ時代の倍の40%に達した。そのため、政権末期はシカゴ学派を政権から追い、ケインズ政策を導入し軌道修正を図った」。

 新自由主義の台頭

 80年代のサッチャー・レーガン・さらには中曽根にまで連なるネオ・リベラル潮流はこれまでのフォーディズムによる階級融和型産業政策を改め、いわば上からの階級闘争を公然と暴力的に推し進めるようになる。
 既存のフォーディズム型製造業はさらに新たな新興勢力(NIES=韓国・台湾・シンガポール・メキシコなど)との熾烈な競争に晒され、この製造業部門での資本蓄積率を上げるには労働者からの収奪率を上げるしかないという選択がなされる。労働者の平均的な労働時間が、その長さにおいて日本を抜き、先進国中アメリカがダントツでトップに立つようになるのもこの頃である。

 労働者からの収奪率の上昇によってもたらされた余剰資本はしかし早くも株式バブルを形成し1987年には「ブラックマンデー」と呼ばれる株価の大暴落を経験する。ネオ・リベラル政策による危機の断続的勃発の、これは初期の最大のエピソードである。
 ブラックマンデーの克服はその後の金融当局による適切な対応によって収束をしたといわれるが、実際はさらなる労働力収奪率の強化と規制緩和による発展途上国からの収奪によって資本蓄積率を回復させたに過ぎない。

 90年代に入り労働者からの収奪率の強化は、確かに資本蓄積率の回復に寄与し、ブラックマンデーの衝撃からの回復を果たした。それによって生まれた余剰資本は投資先を探していた。
 しかし過酷な世界競争に晒され続けた伝統的な製造業はすでに疲弊し、投資先としてはその収益率の低さは一目瞭然であった。利益率の低い製造業への投資は先細りし、それはますます衰退していくという悪循環がこの頃から始まる。以降、投資は実体の伴わない投機としての性格をますます帯び始める。ゲームの始まりだ。そして様々なバブルが形成されいくつもの危機が連続的に起こるようになってくる。

 80年代後半、日本では先行的に不動産バブル景気に沸き、そして現代を先取りするかのようなバブル崩壊─失われた10年を経験する。行き場を失った余剰資本によるバブル育成と破綻という現代に連なる危機を先取りしていたわけだが、このときはまだ一国内的な危機に収まることができた。それはこのバブルの主体が不動産投機にあったのであり、まだ一国内で処理可能な範囲内であったからと言えるからだろう。ただし、その失われた10年を取り返すべく資本の意に添ったネオ・リベラル・ポピュリストの登場によって社会に多大な災害の爪痕を残したのは周知の通り。

 カジノ資本主義の台頭

 90年代に戻る。
 製造業に代わる新たな資本蓄積モデルとして新たなイノベーションが台頭してきた。
 アメリカ軍事情報伝達システム=核戦争にも耐えうる通信システムとして研究開発されていたネット網は最初は各大学間を結び、80年代に入り徐々に民間に開放されてきた。90年代に入りそれはインターネットという世界の通信技術を一変させるほどの「革命」をもたらし始める。IT産業の勃興である。コンピューターは自動計算機という地位から脱し、一挙に世界を変革するほどの地位をそのネット網の整備から受け取ることができた。パソコンの普及はIT産業という一大産業を形成し、余剰資本は一斉にこの新たなイノベーションに群がった。日進月歩ならぬ「秒進分歩」とまで言われたこの急激なIT産業革命は、しかしそのバブルの形成も早く、その命脈はわずか10年と短かった。2000年春ITバブルは早くもはじける。

 しかしこの時期に形成されたビジネスモデルはさらに深刻なバブルを準備することになる。IT産業の成長スピードの速さがこれまでの長期投資による安定した利潤率の確保というビジネスモデルから、短期投資による利潤率の極大化を求めるビジネスモデルへと変貌を遂げさせていくのである。その主役として投資会社などの金融資本の台頭が起こり、主客転倒ともいうべき事態が進行し始める。

 投資会社は、短期的な利潤率極大化を求めはじめ、そのための金融技術もまた急速に発達する。それは金融工学などともてはやされ、市場のカジノ化を局限まで推し進めることになる。
 金が金を生むという実体経済を無視したマネーゲームが世界を覆い始める。インターネットによって可能になった国家の枠を越えた膨大なそして一瞬にして世界を駆け巡る投機的資本取引が世界を覆うようになる。グローバリズムとは国境なき凶暴なマネーゲームの鉄火場と同義語である。

 ITバブルがはじけた際、一瞬この金融資本もひるんだが、時の連邦準備制度理事会(FRB)議長のグリーンスパンは一時的な資本逃避先を準備する。低金利政策による住宅バブルの発生という以前どこかで聞いたことのある事態が発生する。
 2000年代に入り、世界経済の主役プレイヤーは完全に金融資本にとって代わられていた。先に述べた主客転倒である。そして複雑怪奇な「金融工学商品」がこの不動産バブルをやっかいな怪物に変えていった。07年夏、サブプライムローンの破綻としてそのバブルがはじける。しかしこれは89年の日本のバブル崩壊とはその規模も性格も全く異にする事態であることに気付くには、08年10月のリーマン・ショックまで待たなければならなかった。
 単に住宅バブルがはじけたのではなかった。世界の今や唯一の成長エンジンとも言える金融投機取引システムの崩壊が明らかになったのである。

(続く(^^ゞ)

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2009.01.14

セブン、セブン、セブン?

 ウルトラセブンならぬ Windows 7 Ultimate、とりあえずサクっとインストしてみた。

 あちこちで前評判は聞いていたので、あっという間のインストール(約40分弱)にも驚きはしなかったけど、途中パスワードとか出てきて、え?何?秀丸にメモしとこうって、まだインスト途中じゃん(^_^;)、と、手書きのメモかよぉ、とか言ってペンを探してる間にその画面が消えてしまって・・・\(^^:;)...。ったいあれは何だったのだろう(^_^;)。ネットワーク関係のパスワードで、大切なものだったのじゃなかったのかと。

 ところが、んなもん関係なしにネットワークはあっという間に繋がった。ツーか、ワークグループ名も設定せんと、ユーザー名とパスワードを入れたらクリック一発で繋がったけど、逆にそんな簡単に繋がっていいんかい?
 あのパスワードって何に使うんだろう(^_^;)。

 で、「Windows VISTA Second Edition」だけあって、ぱっと見た目サイドバーがないぐらいであまり違いが分からない。あのガチガチのVISTAの厚化粧からすれば、チト柔らかめのお肌を見せて、ツールバーなんかも少しはマックっぽく垢抜けてきたでしょう、と言いたげではあるのだけど。
 確かに体感できるくらい動作も軽くなった。
 はじめからこれ出しとけば袋だたきに遭うこともなかったろうに(^_^;)。

 でも、やっぱり最初の出会いが悪かったな。薄化粧してナチュラル・エコ路線を今更歩んでもらっても、出会った頃のお高くとまって肘鉄連打で私を打ちのめしたVISTA嬢の最初の仕打ちは一生忘れないでしょう(^_^;)。

 で、隠しファイルを表示させると相変わらずデスクトップに2個のiniファイルが現れます。ソバカスは消えませんでした。
 VISTAの日常使用の断念を決定づけた私にとっての最大の理由、エキスプローラーの使い勝手の悪さは、やっぱりそのままなのね(^_^;)。
 いや、少しはすっきりしたのかな。自然体に素直に振る舞うということが大事よねと言っているのは分かるのだけど、まだなんだかさくっと手になじまない。

 はぁー(^_^;)。

 Win2k カムバック!(^_^;)。

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