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2004.01.08

経営者は社会を救う? (02/09.05)

 経営者は社会を救う?   (02/09.05)
 
   *伝送便9月号に掲載されたものに少し加筆修正しました。
 
  八月二六日、小泉内閣は日本郵政公社の初代総裁に、商船三井会長で経済同友会副代表幹事の生田正治氏をあてる人事を内定した。 初代総裁は民間からという小泉首相個人の強い要望による人事と言えそうだが、何が何でも民営化することによってすべての問題の解決を図ろうとする小泉首相のその理念なき『理念』に、生田正治氏は何をもって答えるつもりだろうか。
 
  小泉応援団?

  ポピュリストとしては、その化けの皮がはがれつつある小泉総理に対して、今やめっきり少なくなった財界での強力な小泉応援団の一人、だと言われる、生田正治氏とは?

  九四年大阪商船三井船舶社長就任。折からの造船不況まっただ中、物流ネットワークの整備・統合、リストラを加速。九八年にはナビックスラインとの合併を果たし、物流海運のみならず、エネルギー輸送部門を統合して、巨大な総合海運企業集団=商船三井海運関連企業集団を築く。
  トップダウン型経営者。その豪腕による実績を評価され、00年経済同友会の副代表幹事就任。〇一年、小泉内閣直下の『総合規制改革会議』委員就任。
  この会議の中で氏は一貫して小泉首相をかばい続けていると言われている。改革のスピードが遅いという批判には、その舵を切っただけでも前進。巨大な船体は舵を切っても動き出すのに時間がかかると、海運事業家にふさわしい例え。小泉首相とは、同じ慶応『人脈』。
  傾きかけた巨大資本をその辣腕をもって立て直した。改革派の経営者。さらに、『財界の論客』。NHKの『プロジェクトX』の題材にでもなりそうな、最近よく聞く理想的な『タフなリーダー』像。

  八月二十八日付朝日新聞朝刊社説。生田正治氏を、『経営者として評価が高い。規制改革を推進する論客としても知られる。』として持ち上げ、『公社の経営に民間手法を取り入れ、効率的で質の高いサービスを実現してもらいたい。』とエールを送る。

  言うまでもなくここ十数年、郵政事業はなりふり構わぬ合理化(機械化、人減らし、常勤から非常勤化へ)を進め、民間企業経営並みのリストラ、効率優先、営業利益最優先の実質民営化路線を突き進んできた。
 しかし、その結果は職場に何をもたらしたか。

  効率と非効率

  生産性の向上。この最優先課題は、労使一体となって上意下達的に大号令が発せられる。要は職員一人一人の労働密度を極限まで上げることを、『施策』という名の下に行政的に施行=強行する。
  単純な人減らし。正規職員の有期雇用への置き換え。その上に、個々人の成果主義という労働者同士を競わせるやり方は、それまで少人数のチームワークで蓄積してきた仕事のノウハウをほぼ一瞬にして破壊させるに充分の、施策だった。
 
  少人数管理(各チーム同士を競わせるやり方)とは、かつて民間資本の間で流行った労務管理手法であり、それを周回遅れで我が郵政官僚も取り入れていた。チーム長=班長を職制として班内の労務管理に責任をとらせることで労務管理の合理化を図り、さらにチーム同士の競争が生産性の向上に寄与する、はずであった。
  生産性向上運動それ自体に抵抗していた労働運動も、国労に対する国家の全体重をかけた暴力的解体攻撃以降、ほぼ屈服してしまっていた。少人数管理は障害なく職場に根付き、生産性向上に寄与するはずであった。ただ一点の障害を除いては。

  お役所体質、事なかれ主義、事大主義、権威主義、要するに官僚主義というものが蔓延する職場に、当局が期待するような競争原理は働かない。出世する第一の近道はただひたすら上司をあがめ奉り、何もしない何も考えないことが一番だからだ。
  その官僚主義的体質というものは、戦闘的労働組合を強権的に屈服させ抱き込んでいく過程でさらに極限まで肥大化したもので、労使相助長して進行するそれ(官僚主義)はもうどうにも止まらない。

  現場の労働者はそうはいかない、出世も何も、とりあえずは目の前にうずたかく積まれた仕事を日々こなさなければならない。サービス残業を当然にも含む長時間労働に明け暮れる日々に、上司の機嫌などを伺っているヒマはない。班内で融通しあい、調整しあいながらなんとか仕事をまわしていく。その内にやっとなんとかまわりだした仕事の手順を一からぶち壊すような施策がまた上から一方的に下りてくる。そのたびにまたなんとか班内で折り合いをつけて仕事をまわせるように調節しようとするが、いつの間にか班内には熟練労働者がいなくなっている。周りは、シロートばかり。
  チームとしての仕事に責任が持てなくなっているところにさらに個人の成果主義を導入されるとどうなるか?
  チームは作業はほぼ崩壊。個人で成績を上げようとするとさらにチーム作業は荒廃する一方。その責任はまた個人へと転嫁すべく労務管理がしかれるので、益々チーム作業は解体し、生産性は向上するどころか、停滞しさらに落ち込んでいっていしまう。仕事の生産性だけならまだしも、現場の労働者なら周知のように、仕事の質自体が変質してしまっている。

  仕事の質の低下はそのままサービスの低下へと直結している。そのサービスの質は皮肉にも『親方日の丸の時代』だった頃と比べるべくもない。もう、郵便は正確には届かない。労働組合がストを打っているのではない。遵法闘争を行っている訳でもない。それでももう郵便は昔のようには正確に届かない。
  やることすべてがうまくいかなくなってくるとどうなるか。もともと責任を取らないと言うのが官僚主義の特質と言うならば、その特質は広く深く現場まで浸透してくる。上から下まで誰も仕事に責任を取らなくなってくる。
  それはちょうど、首都圏のJRが国鉄時代のようには決まった時間に電車が来なくなったのに似ている。

  みんなの敵

  熾烈な市場競争にさらされる民間企業経営こそが、生産性の向上をもたらし、効率とサービスの向上をもたらし、経済を繁栄させひいては国民の・・・。マスコミをはじめ、御用経済学者が国鉄民営化の時以来一斉にまき散らしてきたこのイデオロギーは、いったいいつまでその神話性を保ち続けることができるだろう。

  新聞の論説には環境を守ることの重要性が説かれ、その同じ経済欄には大衆の消費意欲の向上こそが景気の回復の要だと説かれてある。
  普通の私たちの感覚だと、大量生産大量消費のシステムこそが環境破壊の元凶だと理解するのだが、環境保護をうたいながら、さらに大量消費システムの再構築こそが急務だと説く。
  また、大衆の消費の向上のためには賃金のアップ、雇用の安定は欠かせないと思うが、経済の立て直しのためには各企業のさらなるリストラは欠かせないと言う。

  いったいこんなむちゃくちゃな論理が平気で毎日同じ新聞紙上で同じTVのチャンネルで日常的に流されている社会とは、どんな社会だ?

  ただ一つ各論者に共通していることがある。敵は、官僚(主義)であると言うこと。
  それも、だが決定的に矛盾している。同じむちゃくちゃな論理だ。
  環境破壊の元凶は、資本の無秩序な生産活動をきちんと管理規制しなかった業界よりの官僚行政にこそ責任があるという。
  経済を破綻の崖っぷちに追い込んだのは資本の自由な生産活動を規制して市場をゆがめてきた官僚行政にこそ責任があるという。

  日頃官僚主義に対して真っ向から批判している私でさへ、ちょっとこれでは官僚がかわいそうになってくる。

  マスコミも資本も官僚(主義)を目の敵にするが、その官僚制度を生み出した源には迫ろうとはしない。
  官僚制度とは代行システムである。
  くどい言い回しで解りづらいかもしれないが、本来社会が民主的に組織され、社会的な決定権がその社会の構成員に等しく行きわたっており、その社会的決定権を人々が常時、まさに社会的に行使できうるような『環境』に、官僚主義が入り込む余地はない。
  要するに、あなた決定する人、私従う人という、決定と服従の分業システムの中にこそ官僚主義の基盤がある。

  官僚主義の源

  決定権は市場にまかせればいいではないかという極論を言うウルトラ自由主義者もいるかもしれないが、それがうまく機能しなかったからこそ市場を囲い込む国家が生まれ、市場の無政府性を各資本に代わって統制する官僚システムが生まれ、その国家と官僚システムがあったればこそ資本は安心して市場争奪戦を闘ってこれたのだ。
  グローバリズムと言う言葉のもとに資本は国家を超えるかのような幻想を与えているが、国家を超えた資本の取引は成立しても資本は決して国家を廃止することはできない。国家による市場の保護と保証がない限り資本はその活動を行うことはできない。
  市場を収奪されつくされ破壊されつくされた『最貧国』と言われるような所では、資本は決してグローバリズムに活動することはない。そこでは他国の国家官僚による援助という、自国資本のための市場作りのためのインフラ整備活動が行われるに過ぎない。
 
  現在の近代国家の官僚システムとは資本の活動の中からこそ生まれたものだ。資本の活動に支障が出ないように、本来社会が規制すべき市場の無政府性を、社会に代わって、資本に代わって規制しているのが官僚だ。
  官僚主義とは資本の活動には不可欠なものでありその資本の活動を社会が直接規制できない限りは官僚主義もまたなくならないものである。
  これが『官僚主義』の公然の秘密のはずだ。

  官僚主義は国家に特有のものではなく、資本のような組織の中にもまた巣くうものである。あまりにも具体的なお手本が連続して現れてきたのでここでは多くを語る必要はないだろう。
  雪印、日本ハム、三井物産、東京電力・・・。
  決定と服従の分業システムにこそ官僚主義の基盤があると書いた。であるならば、企業こそがそのお手本のようなものだ。
  労組がチェックシステムを持つべきだという。
  第二労組を育成し、やくざを雇い、果ては国家を総動員しての労働組合つぶしを行ってきたこの国の誰が、本気でそのようなことを言える資格のあるものがいるだろう。
  御用組合化され、現場の職場討議を経た民主的決定権というものを反故にしてしまった今の労働組合もまた、決定と服従という分業システムを維持するために官僚主義化する以外に生き延びる道はなかった。
  つまりこの国は公だろうが民間だろうが上から下まで官僚主義まみれなのだ。
  熾烈な市場競争が官僚主義の生息する余地を狭めるのだという御用学者たちの思いこみは、雪印、日本ハム、三井物産、東京電力・・・をどう説明するのだろう。
  民間企業の経営者が、郵政事業の官僚主義的体質を非難するのは、天につばするに等しい。
  市場は官僚主義を抑止することができないばかりか市場こそが官僚主義の苗床なのだ。

  拝啓、郵政公社初代総裁、生田正治殿

  アジアNIES諸国等の追い上げにより青息吐息であった我が国の海運事業を立て直し、さらにリストラに次ぐリストラ、及び大胆な会社統合によるスケールメリットの追及によって、商船三井をついには世界有数の海運総合物流企業に押し上げられました氏の業績に敬意を表します。
  おそらく氏は同じような手法をもって、この官僚主義の巣窟のような組織の立て直しに奔走しようと決意なさっているものと思います。
  しかし、同様な手法で我が郵政事業を立て直し、それを一つの優秀な企業に育て上げることには、私には余り関心がありません。
  私には、かえって御社におかれて、かつてリストラされた人々、統合によって仕事を奪われた多くの下請け孫請け企業の人々、または市場争奪戦に敗れたアジアの企業に働く多くの人々へと思いをはせざるを得ません。
  同様に、これからさらに激しくなるだろう郵便局の中での労働者同士の足の引っ張り合いや無責任な仕事の蔓延とそれらに伴うさらなる職場環境の荒廃に思いをはせざるを得ません。

  市場での生き残りのためにと言う名目のために、一部の企業だけが生き残り、市場の競争に敗れたものは荒廃に任せるというやり方は、現場に働く労働者にとっては倫理的にも、実際に私たちこそが生き残っていくためにも、決して受け入れることのできないやり方です。

  市場が官僚主義を生み出し、資本による市場争奪戦がさらなる巨大な官僚組織を産み出し続けています。
  今必要なのは、市場の統制であり、その社会化を通じての官僚主義の存立根拠を奪っていくことだと確信します。

  社会が市場化していないから効率が悪いというのなら、社会の市場化によって荒廃していく社会と世界は『効率化』によっては決して救えないことになります。
  市場の社会化こそが唯一社会の荒廃と世界の荒廃をとどめる方法であり、もっとも効率的な社会の再生産方法であると確信します。

  よって、私たちは、民間企業的手法をもった経営者を必要とせず、郵政事業の社会化という私たち自身の闘いによって官僚主義を乗り越えて行くべく、全社会と全世界との共闘を模索し続けます。

 多田野 Dave (02/09.05)  
      
 
  


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Comments

生田総裁の鍍金もはげつつあります。オリックスと、じ・あーるや今をときめく日銀の福衛門さんなどとの
友人だったことが明らかです。福衛門さんに、株を上げたのではないか。早じ時点での明確なご指摘。敬意を表します。
それで、海運界がつぶれたわけも分かります。

Posted by: No Privitization | 2006.06.27 at 01:15 PM

 コメントありがとうございます。
 4年近くも前に書いたものなのに(^^ゞ。
 ブログとは名ばかりのサイトに訪れていただいただけでも幸せ者です(^_^;)。

 民営郵政の社長は今度は三井住友銀行元頭取の西川善文氏です。氏もまた不法な金融取引のカドで責任追及されてますね。まぁ本当にこの国の資本主義はお笑い資本主義じゃないかと茶々を入れたくなります。

 ただ、この経験=市場の規制をゆるめること、が結果何をもたらしたのかということは貴重だったかなと思っています。
 結局市場は官僚にも政治家にも資本の自主性にも任せることはできず、社会が直接それを規制していく力を付けていく以外にはないのだと、今も確信しているところです(^^ゞ。

Posted by: 多田野 Dave | 2006.06.27 at 02:16 PM

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