2013.03.29

ネグリ&ハート、酔流亭日乗さんへ

 酔流亭日乗さんのブログに最近掲載されたネグリ&ハートの「コモンウェルス」に関する感想についての、私からのコメントです。
 長すぎて氏のブログからは直接投稿できなかったので(^^;)。

 ・・・・・・・・・・

 マルクスの著作に例えれば、今回の「コモンウェルス」はネグリ&ハートの党宣言ではないかと(^^;)。〈帝国〉が資本論、ないしは経哲草稿(^^;)。
 実はその前にネグり単体の「構成的権力」というのがあるのだけど、私はこれを入れて3部作と思っています。
 一般的には「マルチチュード」を入れてそう呼ばれているようだけど、あれは〈帝国〉の中でのマルチチュード概念をもう少し具体的に解説したようなものかなと。
 一貫して「主体」とは何かということと、それはどうやって創られていくのか=「構成」されていくのかが彼の主要な問題意識のような気がします。

 問題はフーコーの「生権力」概念を現代の困難さの主要な障碍として全面的に適用していることだと思うのです。
 階級闘争における主要な敵は個別資本ではない。部分的な戦術的な闘争を積み重ねるだけでは、敵はするりと身をかわし、根本的な打撃を与えることはできない。と、まぁその通りだと思うのですが、しかし、最初はそこからしか始まらないよねと。
 もちろんそのこと自体ネグリも否定してるわけではないのですが、その個別の戦線を繋げるための媒介というか基底原理は、コモン(共)の創造=愛なんだと(^^;)。ラヴ&ピース(^_^)v。

 ここらあたりで思わずずっこけそうになるのだけど(^^;)、コモン(共)=愛は常に腐敗するものでもあるから、それを「党」でもって本来の創造的なコモンに集約していくんだと。ゆえに「党」の組織原理は民主集中性ではなく、様々な彩りを持った諸戦線を繋ぐ統一戦線的なものでしかあり得ないのだと。

 レーニンと同様に「党」の必要性は認めるのだけど、その中身は唯一無二の指導的前衛党とはかけ離れたものなんだと。
 レーニンの営為は評価するけど、問題はプロ独が民主主義を強化するといった弁証法は間違いである、と。史的唯物論だの弁証法だのといった、これまでの古典的なマルクス主義の「原理」を真っ向から批判した〈帝国〉に比べれば今回の「コモンウェルス」はかなり大人の表現になっているかと思いますが(^^;)、コモン(共)はアウフヘーベンされるものではなく、それ自体を直接組織していくしかないのだということを力説しているように私には読めました。

 で、実はデヴィッド・ハーヴェイの新著「反乱する都市」というのが、このネグリ&ハートの仕事に共鳴しているのが面白いのですよ。
 ネグリ&ハートが広げた壮大な大風呂敷を、都市化(アーバナイゼーション)というキーワードで丁寧にたたみ込んで、そのいくつかのほころびにパッチを当てながら、具体的な革命の展望とその組織論を展開している、と(^^;)。

 この「反乱する都市」を入れて、ネグリ3部作と共に左翼の間に広く議論がわき起これば面白いよなぁと思っているのですが・・・。
 左翼って嫌いなのよね、ネグリが(^^;)。
 だいたい伝統的な左翼にとって不倶戴天の敵であるポストモダンの連中の概念を取り入れるなんて、ということだと思うのですが(^^;)。

 でも、面白いものは面白い(^^;)。

 てなことで。

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2013.03.05

労働力市場の液状化

 今に始まったことではないが、いわゆる委託労働者からの相談が増えている。会社に直接雇用されている有期雇用労働者でもなく、派遣業者に雇用される労働者でもない、いわゆる個人事業主として分類される方からの相談である。

 名称は見栄えがするがその実態は資本の側からすればいつでも首が切れる日雇い契約労働者に過ぎない。
 下請け孫請けという形で、このような個人事業主を集めて会社形態にし、親会社に事業契約を一括して委託するという形態も多い。
 それは建設業などではすでに構造化された形態でもあり、原発の下請け労働の問題も同様のものとして今まさに社会問題化している。
 今その構造が、このような業種に限らずあらゆる形態の業種に行き渡っているのではないか。

 先日市民会館を管理する業務を請け負っているという方から相談が入った。同様に請け負い形態で、個人請負の方を集めて小規模の会社形態を取っている。市民会館の側から、今日は仕事がないから来なくてもいいと言われてしまう、と。つまりいつ干されるか分からない不安定な雇用状況で、生活設計ができないという。
 これが派遣会社との雇用契約ならば、仕事のない日も給与保障があるのだが、個人の請負契約を代行している会社、つまり契約業務をこれまた一括して請け負っている会社という形態なので、仕事のない日は給与保障はない。
 昔はこういうのはやくざの口入れ稼業といったものだが、こういう形態が官民を問わずあらゆる業種に拡がっているのではないか。

 有期雇用問題、特にこの国最大の有期雇用を擁する郵政事業については、その根本的な解消は困難であっても、労働組合的取り組みとしては比較的ストレートに取り組むことができる。パート労働法が施行され、さらに民主党時代に成立した労働契約法の改正にしても、もちろん決定的な限界はあるにせよ、争議の武器として使える部分は最大限活用が可能であり、運動もそれをてこに展望を立てることが可能だろう。
 直接雇用の有期契約労働者は、少なくとももう簡単には首を切ることはできない。待遇、賃金、社会保障等々の面については未だその格差は甚だしいが、雇用の継続という一点に絞れば、正社員並みの制約がすでに課されてはいる。改正労働契約法についても、特にその20条の差別待遇禁止条項を盾にした今後の運動の推移によっては、様々な格差についての幾ばくかの解消の展望も出てくるかも知れない。

 しかし、この個人請負の問題は、それが労働契約ではないというそれだけの理由で取り組みの困難性が一気に増してしまう。
 これまでは偽装請負ということで資本を追及しそれなりの成果を上げてきたが、資本の側もその争議の経験から学んでいるだろう。実体的には偽装請負だとしても、その証拠を掴ませない巧妙な管理手順をマニュアル化している。資本の側もきちんと学んだ上で、それでもなおかつ直接雇用の有期雇用契約よりははるかに雇用調整が容易な個人請負という形態を今後も増やしていくに違いないのだ。

 最近来た相談では、郵便事業のポスト取集業務請負に関して、競争入札によってこれまでの業者が閉め出され、一気に30名以上の解雇者が出てしまうというもの。
 これまで取集業務を請け負っていた業者は日本郵便輸送の下請け会社。競争入札にはこの下請け業者に代わって一括して日本郵便輸送が入札を行い、結果落選したというもの。
 競争入札というならば、この下請け会社が直接参加できても良さそうなものだが、日本郵便、日本郵便輸送双方から圧力がかかり実際は入札に参加できなかったという。
 縦の系列支配によって現場の末端労働者の反乱を最小限に抑え込む構造だといえるだろう。資本にとって、これほど使い勝手のいい労働市場はないに違いない。必要なときに随時最も安い労働力のしかも比較的安定的な供給が保障されるのだ。
 働く側にとってはこれはまさに労働市場の液状化と言ってもいいのではないだろうか。

 すでにマスコミ関係、IT事業関係、アニメ業界、等々、ネグリがいうところの、「知識や言語、コード、情報。情動などの社会的な生産」を担っている最先端の業種はどこも個人請負業態が現場の主流となっているだろう。
 ネグリはいち早くそこに産業構造の転換を見、フォーディズム下の労働者に代わって、そのような生産を担うマルチチュードを革命の主体として設定する。

 労働者、労働契約、その二つの概念が空洞化し、労働市場の液状化現象の真っ直中に漂うマルチチュードこそを主体として組織化せよというならば、なるほどこれまでの伝統的な労働運動は確かにその限界が露呈してしまう。労働契約を基にした労働者という概念こそが労働組合の存在基盤であったろうから。

 ただし、労働市場が液状化したと言っても、そこに流れる膨大な、ものは、労働力商品であることには違いない。

 さてさて、今日はこのくらいにしとこう(^^;)。
 ネグリの話をするつもりはなかったのだから(^^;)。

 

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2013.01.10

フォーディズム考察ノート

 資本主義がもっともダイナミックに発展した時期、その内燃機関としてのフォーディズム。フォーディズムこそが資本主義の永久機関とうたわれた時期は、実はあっという間に過ぎてしまったのではないか。
 資本蓄積運動の要とも思われたフォーディズムが、いとも簡単にその担い手である資本によってうち捨てられたのは何故か。
 利潤率の傾向的低下の法則、収穫逓減の法則、要するに市場が飽和したということだろう。身も蓋もない単純な結論だが(^^;)。

 チリの反革命政権に取り入ったシカゴボーイズ達によって始められた新自由主義の実験は、サッチャー、レーガンを経て世界中を席巻し始める。
 フォーディズムによる資本蓄積運動の限界をフォーディズムそのものを破壊することで突破しようとする。しかしそれは国内の需要の担い手を自ら押しつぶすことだったはず。 大量生産大量消費型フォーディズムを破壊した後に資本蓄積運動の担い手になったのは、IT産業と金融資本。確かにIT産業は一時的にそれなりの雇用を産み出したが、フォーディズムによって生み出された膨大な中間所得層を包摂することはできなかった。そもそもコストとしての労働力の削減にこそ最大の威力を発揮したIT技術は、ますますその需要の担い手達をなぎ倒してしまったのだから、収穫逓減の法則のサイクルもよりそのスピードを上げてしまったはず。

 国内の市場が飽和していることがはっきりした時点で収穫逓減の法則の回避をグローバリズム市場へ求める。その先兵が金融資本。というかそれ以外にはなかった。物は売れないのだから。フォーディズムを破壊した時点で購買力をなぎ倒してしまったのだから。
 先兵としての金融資本はすぐに本体となり、もはや金融資本こそがフォーディズムに代わって資本蓄積運動の主要部隊として踊り出ることになる。しかしもちろんそれは国内の膨大な中間所得層を包摂することはできない。それどころかさらに中間所得層を没落させる。ただしバブルによって一時的に救済するが、それはクレジットというまさに仮の救済でしかなかった。
 金融資本がカジノ資本主義を謳歌したのは先のIT技術の発展に因るところ大であるが、所詮はカジノ。そのバブルがはじけたときの衝撃は、天文学的にふくれあがったカジノへの掛け金の額に応じて資本主義の屋台骨をも揺るがす恐慌を引き起こす。いや大恐慌を引き起こすはずであった。
 かろうじてそれを救ったのは、中国。

 中国は一時期、いや今も現在進行形だが、原始的蓄積とフォーディズムと新自由主義とが段階を経ることなく一国内で同時進行しているような状況。中共官僚にいわせると中国独自の社会主義発展期とも。
 資本主義が300年かけて辿った道筋をわずか半世紀足らずという猛スピードで駆け抜けている状態。
 初期の沿岸部の開発独裁はやがてフォーディズムに転化し膨大な中間所得層がグローバリズムの消費市場を提供するようにまでになっている。そのモデルは明らかに日本のそれだが、日本が早々とフォーディズムの限界にぶち当たったときにそれに替わるものとして、さらに度肝を抜くような大規模なフォーディズムの勃興を目の当たりにしている。
 中西部、さらには辺境にまで、まだまだニューフロンティアが控えている。

 中国の資本主義が世界資本主義の救世主として全面に躍り出る。昨日までは、いや今日、明日までか。沿岸部のフォーディズムはすでにきしみ始めている。膨大な世界の物質的富を消費するにはその日本の人口をすでに大きく上回る中間所得層をもってしてもまだ足りない。沿岸部はすでに新自由主義的バブルを大きく育て始めている。
 新自由主義的バブルはまだフォーディズムが十分に熟し切っていない中西部及び辺境の地にまでフォーディズムに先行して浸食し始めているだろう。
 せっかくフォーディズムによって産まれた膨大な中間所得層をまずは沿岸部で消耗させ中西部・辺境の地では中間所得層を育むことなく沿岸部のバブルのはけ口として刹那的な搾取の暴虐が吹き荒れる。
 まるで中国一国で資本主義300年のサイクルを、ハリウッド的大活劇映画の中に見せられているかのごとき様相。わずか2時間弱で。

 とすれば、フォーディズムとは、資本主義のわずかなうたかたの夢でしかなかったということだ。
 資本主義の限界をかつてはフォーディズムが救った。そのフォーディズムが先進資本主義諸国で早々とその活力を消費し尽くし、その後のグローバリズムバブルの破綻を中国のフォーディズムが一時的に救っている状況だが、これも先が見えてきた。

 インド?確かに膨大な市場が控えているように見えるが、おそらくはインド独自の構造がフォーディズムの発展を阻害しているのではないか。
 インドがいわゆるキャッチアップしだしたのはIT産業から。しかしこれは中間層を産み出さない。フォーディズムの語源の由来となった文字通り自動車産業の勃興はどうか。例えばインド民族資本の「タタ・モーターズ」。ここは韓国大宇のトラック部門の買収から始まりイタリアのフィアット、フォードからはジャガーとランドローバーをも傘下に収める。インド自動車販売市場でのタタ・モーターズのシェアは09年時点で20%。ただし、先行するIT産業の華々しさに比べインドではまだモータリゼーションは始まっていない。タタ・モーターズ一社だけでインド市場を担いうる中間所得層を産み出せる訳もなく、しかも未だ車市場シェアの一位はスズキが担っている。スズキは現地に工場を持っているが、フォーディズムの規模からするとインド全体を潤すにはほど遠い。

 民主主義。おそらくインドのフォーディズムの起ち上がりを阻害している主要な要因ははこれではないかと思っている。
 形式的な議会制民主主義はそれが開発独裁型政権を生み出した日本のような地ではフォーディズムを機能させるのかも知れないが、インドの民主主義はかつてのイギリス植民地政策の分断統治によっていびつな構造を内に抱えているのではないか。カーストと宗教と膨大な不在地主層の存在。会議派は社会主義的な政策をとり60年代の緑の革命などは有名だが、詳細は知らないが土地改革は未だ途上ではないのか。農村部のかなり広範囲にわたって毛派の勢力が浸透していることを見ても逆にそれが裏付けられないか。
 いずれにせよ社会主義的政策を指向したかつての会議派は中国のように資本主義を「鳥かごの中で飼う」といった開発独裁型政策は採らなかった。その後政権を取った宗教原理主義色の濃い政権によって市場の活性化が図られたといっても、中国のような大規模なフォーディズムを産み出すには至っていない。中間層が育つ前に新自由主義的政策を取ることほど悲惨な結果を招くことはないだろう。ショック・ドクトリンの餌食である。
 そしてインドの民主主義はまた会議派に政権を譲った。政権が代わりうる、比較的民主主義が機能しているということだ。それは逆説的に中国のような強権的で安定した開発独裁型政策を取ることを困難にさせている。安定したフォーディズムを育てる前に政権が手っ取り早くその成果を競うにはグローバリゼーションに寄り添った新自由主義的政策を取らざるを得なくなる。それがまた農村部を疲弊させ毛派共産党の伸張を促す。インドの民主主義がフォーディズムの勃興を阻害させる。インドに中国に匹敵するような市場は産まれない。

 アメリカに匹敵する市場の創出の可能性は中国以外にはない。その中国もその市場を担いうる中間所得層の疲弊がもう始まっている。

 フォーディズムは大量の中間所得層を産み出したが、それはまた彼ら(正確にはその子供たちか)による反乱も引き起こした。中国もまたかつての68年が始まるのではないかと期待したが、それは今始まっているのか、それとも60年代末反乱の敗北をもまた同時に経験している最中なのか。

 フォーディズムがかつて資本主義を延命させた。おそらく新自由主義の破滅的な政策の反動から再度フォーディズムへと回帰する志向が産まれることはないか。スティングリッツなどのケインズ学派などはそれと重ならないか。
 または社民主義的な左派からも階級闘争の再興によって結果的にフォーディズムの夢をもう一度とはからずも企図してはいないか。
 また元祖新自由主義者の小沢一郎が宗旨替えしてリベラル左派を装っているが、階級闘争なきフォーディズムの夢はさらに非現実的な妄想でしかない。
 フォーディズムと階級闘争は相携えていたのだ。それが膨大な中間所得層を産み出したに違いない。階級闘争を潰そうとする意図が先だったかフォーディズムの限界そのものを突破しようとしたのが先か、資本の意図は同時進行的にそのどちらをも成し遂げた果てに、資本主義そのものの内燃機関をも自ら潰してしまったのだ。

 フォーディズムはうたかたの夢だ。もう二度とそれが戻ってくることはない。
 忘れよう忘れよう、さっさとそんなものがあったことさえ忘れてしまえ!

 ネグリ&ハートのマルチチュードの愛を主体とした革命に賭けるには、まだもうちょっと飛躍が足りないような気もするけれど(^^;)。

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2012.06.05

じゃじゃ馬になって帰ってきたWindows8

 Windows8。Developer Preview、Consumer Preview、そして今回のRelease Previewと来た訳ど、これがまぁとんでもないじゃじゃ馬になって戻ってきたというか。
 もっとも製品版に近いとされるこのバージョンがこれまでで最も不安定という(^_^;)。 とにかく何をするにもシェルが落ちまくる。設定が反映されずにすぐに元に戻る。

 当初MarvellのSATAドライバーが入らずにそれが原因かといろいろいじくってたら、起動するたびにシステムが初期化されたり、起動すらしなくなったり。そのたびに再度クリーンインストール。結局あちこち探しても適応するドライバーが見つからず、BIOSでMarvellのSATAを殺しといた上で再インストール。

 ところがそれでも不安定。何か新しいソフトをインストールするたびにまたシェルが落ちまくる。デスクトップのアイコンを小さくするというだけでシェルが落ちる(^_^;)。シェルが戻るとまたあのでかいアイコンが出現する(^_^;)。
 つらいのはGoogle IMEがまるで使えないこと。
 ワロた(^_^;)。

 もともとメトロスタイルなど仕事には使えないとハナから突き放していたが、起動のバカっ速さと、OS自体の軽さには魅力を感じていた。しかもそこそこ安定度もあったのだ。
普段使いのテキストエディタやらビューアやらユーティリティソフトまで、Win7で使えてたやつは大体支障なく使えた。
 これなら地デジチューナーを付けたWin8マシンを1台こさえてテレビに繋げば、VTRマシン兼ネット使用可能なテレビ環境が安価に手に入ると。kinkin.TVをまた居間で寝そべって観ることができるじゃないか、と(^_^;)。

 Win8の話題など一切無視しようかと思うのだけど、こうまでじゃじゃ馬だとどうにもまたパソヲタの血が騒ぐというか。何とかねじ伏せて安定させようと四苦八苦しつつ楽しんでるわけだけど、これって、ほんとにこのまま製品化するつもりなのか。
パソヲタ的には楽しめても、市場では総スカンとなるのは目に見えてるのではないか・・・。Vistaの前科もあるし。
ただでさえとんでもなくダサいメトロUIなどいったい誰が評価するのだろう。

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2012.02.02

発作

 症状は呼吸困難。これだけは共通している。その他の症状は微妙に異なるのに一番やっかいな症状だけは共通するといういやらしさだ。滅入ってしまう。

 毎年春秋の季節の変わり目に発作を繰り返してきた。桜の頃と紅葉が始まる直前の10月頃が最大の鬼門。今期その10月から4回目の発作。正直4回も連続して発作を繰り返したのは覚えがない。
 一度発作を引き起こすと気道が開くまでに2週間はかかる。これまでの経験上まるで判で押したようにそれはほぼきっちりと2週間。4回の連続発作と言うことは延べ8週間は仕事にならなかったことになる。10月からこの2月まで、丸々2ヶ月は寝込んでいたと言うことだ。

 ステロイドをどれだけぶち込もうと毎日点滴に通おうと、何をやっても2週間は経たないと気道が開かない。
 逆に言えば薬を飲んでもどうせ無駄だろうと最近はプレドニンの量も極端に減らしている。そのせいかトイレに立とうとしただけで呼吸困難で死にそうになったが(^^;)。

 今回の発作はたぶん風邪から来てるのだろう。発作の引き金としてはなにも珍しくはないのだが、これまでと違ったのは三日三晩熱にうなされ固形物が一切口に入らなかったこと。三日間薬も飲めなかったのだ。記憶も定かではないほどに3日間死んだように倒れてた。
 それが功したか何が奏したか分からないが、いつもは併発するひどい咳き込みが今回はなかった。横になると咳き込むので何日も眠れず、それでまた体力を消耗するのが常なのだが、今回は咳が出ない。いやぁそれだけでもだいぶ楽だなぁと思ったのもつかの間、呼吸困難の度合いはいつにも増してひどく、風呂も入れなければ一人で着替えをすることもできない。
 家族にしてみれば入院してもらった方が楽なんだろうが、経験上2週間経てばけろっと何事もなかったように気道が開くだろうと思っているので、ついつい迷惑をかけてしまう。申し訳ない。

 で、この身体じゃ全く使いものにならん。
 息が切れて活動できない活動家なんてしゃれにもならん。

 飯も食わねばならず、いや正確には喰わせねばならず、さすがにもうへらへら笑ってばかりもいられない。
 滅入ってしまうが、他に何か食い扶持を探す決断の時かも知れない。

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2010.08.09

経済成長は財政破綻を早める

 朝日ニュースターのニュースの真相というCS放送番組。金曜日はダイヤモンド社論説委員の辻広雅文氏が司会をつとめるが、これが毎回面白い。8月6日、中央大学法学部教授の富田俊基氏(野村総合研究所から財政金融調査室長、内国経済調査室長、ブルッキングス研究所客員研究員、政策研究部長、政策研究センター長などを経て現職)を招き国債と財政の関係について持論を展開してもらう。
 結論を先に言うと、経済が成長すると財政も破綻するという。

 例えば経済成長率3%だとする。仮に税収40兆円として3%成長とすると1兆2000億円の税収増となる。しかし経済成長率に合わせて長期金利も上昇するだろう。仮に長期金利が3%となると、現在の国および地方の長期債務残高約830兆円にこれをかけると約25兆円。つまり経済成長による税収よりも返さなければならない借金金利額の方がはるかに増えるというわけだ。税収の半分以上を借金の返済に回さなければならないということになる。

 実は消費税の導入によっても同様な事態が起きるだろうと予測する学者もいる。消費税導入によって小売市場も小さなインフレ状態になるだろうから長期金利も上がらざるを得ない。5%ぐらいのアップでは結局税収増よりも金利上昇による財政負担の方が大きくなるだろうと。そもそも消費税による税収は借金返済には回さないということだから、現状の借金が減ることはない。
 消費税によって謝金を返済しようとするなら25%以上の利率が必要だという。それでも借金をすべてチャラにするには100年かかる計算だと。

 これ以上国債を発行し続けることはさらに借金を増やすことになるが、国債を発行し続けない限りこれまでの借金を返すことさえ困難になってしまう。自転車操業以外には国の予算を組むこともできないのが現状だ。借入金、政府短期証券を含むこの国全体の債務残高が1100兆円を軽く超え、それに対して年間税収は40兆そこそこという現状では、いずれそれさえもできなくなってしまう。実際この国はもうまともに予算を組めないという状況なのだ。

 そうなるとなにが起こるのか。管首相はギリシャの例を取るが、ギリシャでは長期金利が4%から7%に跳ね上がり財政が破綻した。日本の場合は先の例のように3%上がっただけでもう予算の半分が吹き飛んでしまう。
 89年にアルゼンチンが財政破綻したときには年率5000%のハイパーインフレ、ロシアで7000%、2008年にはジンバブエで14桁のインフレというから想像も付かない。
 他国の話ではない。明日のこの国の姿だ。

 ベルサイユ条約によって第一次世界大戦敗戦国ドイツに課された賠償額は200億金マルク(その後1320億金マルクまで引き上げられた)。金マルクというのは資産の裏付けが必要な通貨のこと。すでにドイツ国内では1時間ごとに物価が上がるというハイパーインフレが進行。1921年から1923年の2年間でなんと100億倍というインフレ率を記録している。

 貨幣論で有名な岩井克人氏によると現在の世界の金余り状況、特にドルの垂れ流し状況 からすればこれを上回るスーパーハイパーインフレが起きても不思議ではないと警告する。

 1929年、世界大恐慌。ところが、この世界恐慌からいち早く脱却できたのも実はドイツである。100億倍というインフレ率を一体どうやって克服したのか。
 33年ナチス・ヒトラー政権奪取。すでにドーズプラン(1924年)によって賠償額は実質的に債権放棄状態に置かれ賠償返済への負担はなくなっていたとはいえ、ナチス政権は奇跡とも言える世界恐慌下の復興をどのようにして成し遂げたのか。
 同様に世界恐慌の影響を最小限に抑えた国がもう一つあった。1千万人の農民の犠牲の上に政権の足下を固めつつあったスターリンのソ連。

 歴史は繰り返す。もちろんただ繰り返すのではなくて、螺旋状に、外見はよく似ていても前回とは違った質と量をもって。
 ファシズムと革命の時代がまたすぐそこまで来ているのだ。

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2009.05.07

セブンRC

 Windows7RC、日本でのダウンロードは5月7日解禁ということだったけど、5日にアメリカで一般向けに公開されたそれにはもう日本語版もあって、早速落としてインストールしてみた。
 日本時間の5日夕にはもう公開されていたのだけど、アメリカ時間ではまだ4日だったはず。人気の商品だからということなんだろうね。

 インストールしたのはサブに使ってる“Quadro NVS 210S”という珍しいチップセットを乗っけたMSIのK9NBPM2-FIDというMother。内蔵グラフィックチップは“GeForce 6150”同等とのこと。CPUはAthlon 64 X2 5000+ Black Edition(2.6GHz)。試しに64bit版をインストしてみたのだけど、実はこちらはインストしただけでほったらかし。

 同時にインストしたThinkPad-X60の方がちと手こずった。
 思い切ってHDDをSSDに交換した。OCZ Vertex 120GB(^_^;)。
 その前のApex Seriesはちょうど一年ぐらい前に事務所のマシンに導入したのだけど、そのプチフリのひどさは筆舌に尽くしがたし(^_^;)。かといって事務所のマシンなので元を取るまでは使わざるを得ない(>_<)。

 ThinkPad-X60はHDD取っ替えなので、隠しパーティション上のRescue and Recoveryなんたらという機能が使えなくなる。
 HDD丸ごとイメージコピーという手もなくはないのだろうけど、めんどくさいのと、第一Rescue and Recoveryも含めてThinkVantageというユーティリティソフトウェア群が役に立ったという記憶がない(^_^;)。Updateの催促ばかりが煩わしかったのを覚えてるだけで(^_^;)。
 せっかくの最速SSDなんだから、この際すっきりとWindows7のクリーンインストールをしようと。なんで最速だとクリーンインストなのかはよく分からないけど(^_^;)。

 HDDの物理的交換は簡単。ネジ1本回して、HDDはずして交換(^_^;)。このあたりのメンテナンス性の良さはThinkPadならでは。
 光学ドライブ付きのドッキングベースを装着して、起動ドライブを変えるためにBIOSを見直す。SATAはAHCI。で、何気なくのぞいたPCIデバイスのIRQが8個の内すべて11番になってる。Enter押してみたらAuto Selectも選択できるので、すべてこのAuto Selectに変更して、再起動。
 すでにWindows7RCのインストDVDが入っていたので、起動と共にインスト手順が始まる。前回、ベータ版の時はコーヒー飲んでる暇もないほどにあっという間にインストが終わったので、今回も高をくくって先のMSIのマシンにも同時にインスト作業を行う。
 64bit版は、やっぱりあっという間にインストが終わって、ユーザー名他チョチョいと設定しただけでもうデスクトップ画面が現れる。

 で、ThinkPad-X60の方は、インストの最初の場面で止まってる(^_^;)。
 あれ?さっき再起動してたんじゃないのか?なんかおかしい(^_^;)。もう一回インストの指示に従って先に進むと、SSDを認識していない(^_^;)。って、さっきパーティション切ってフォーマットも済ませたじゃん。

 再起動してBIOSのぞいてみると、BIOSからもSSDを認識してない。
 さて、そろそろいつもの泥沼パターン(^_^;)。世に言うトホホ神降臨。

 電源切って、もう一回ネジをましてSSDを抜き出してみる。前に刺さっていた東芝製2.5インチHDDと大きさや厚み、接続端子の形などを比べてみる。大きさ厚みはほぼ同じ。ただ、接続端子の形がなんか微妙に違う(^_^;)。SATAのデータと電源用二つの端子の形は一緒なのだけど、端っこにあるジャンパピンを刺すような針金の本数が東芝が4本でSSDは2本。これって何?
 よく分からないけど、ネット上ではすでに交換報告があがっているのでこれが原因ではないはず。と納得させて(?)再度装着。さっきは押し込むときに接触が甘かったのかもとか思いながら今度はチト力を込めて押し込む(^_^;)。

 電源ポチッ。BIOSを起ち上げると、オォ、今度はちゃんと認識してるじゃん。OCZ Vertexなんたらの120GBときっちりメーカー名まで認識してるじゃん(^_^;)。

 で、そのままインストールに入ったら、やっぱりさっきかなりインストールが進んでいたようで、途中からの手順から始まりあっという間に再起動がかかった。で、起ち上がったら、また最初の画面(^_^;)。SSD認識してないし(^_^;)。
 再起動するとSSDを認識しなくなる。一旦電源を切って、ある呪文を唱えたあとで(ウソ)起動するとSSDはまたきっちり認識される。さっきの途中からまたインスト-ルが始まって、再起動すると・・・、また最初の画面(^O^)。

 はいはい、ここまでくるともうさすがに私もピンと来ますよ。
 とりあえずBIOSをSET DEFAULTに。IRQはすべて11番が指定されるのだけど、気にしないで再起動したら・・・、インストールの最終画面に。

 でもさぁ、昔はIRQで苦労したよねぇ。デバイスがバッティングしないように気を遣ったじゃん。モデムは3番て決まってたじゃん。モデムを11番にしても動かなかったじゃん(^_^;)。まぁ今どき56Kbpsのモデムなんて使わないけどさ。ワープロから直接FAX送る習慣のある私には未だ外付けFAXモデムを手放せない。アイワのPV-BW5610というやつで、もう10年は使ってるかな(^_^;)。これのためにシリアルポートのないMotherはメインとしては使えない(^_^;)。あと、SCSI HDDもまだ使ってたりして。

モデムはいいから肝心のセブンとSSDの相性はどうよ(^_^;)。
ベータ版をずっと使ってきて、じわじわと期待が高まっていたのは事実。これってもしかしてXPより軽いんじゃね、とか。
 だから思い切ってさらに爆速SSDにしたら言うことないじゃんって・・・。

 まずセブン。正直今回感動が薄い。やっぱりエキスプローラーが鬼門、XP並に使えるようにするにはまだ一工夫必要。各ソフトの相性は、モバイル用マシンなのでフリーソフトを中心に軽めのやつしか積んでない。今のところ問題はないのだけど、アエロはやっぱりなんかうざったい(^_^;)。

 SSD、え、ほんとにプチフリ解消したの?
 Apex Seriesは今でも毎日プチフリに悩まされている。Raid0運用にもかかわらず一旦固まると5分以上は仕事にならない。今回、確かにそんなにひどいプチフリはないのだけど、チト重めのソフトをインストしているときにえらくもたついたときがあった。明らかにライト性能が一時的に落ちた。これって、プチ、プチフリ?(^_^;)。

う~ん、きちんとした評価はもう少し使い倒してからか・・・。

 ただ、インストしたばっかしでデバイスマネージャーを開いても、ThinkPad-X60のすべてのデバイスドライバーが標準で入っていたのは、さすがセブン(^_^;)。
 その後のアップデートでThinkPad固有のドライバーなども入り、Lenovoのサポートサイトからのダウンロードに何一つ頼ることなく環境構築完了・・・と思っていたら、今し方スリープからの復帰に失敗してやんの(^_^;)。

 ぼちぼちと(^_^;)。

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2009.01.24

デブはそれだけで中傷の的

 多田野 Daveは太っているのでひどい中傷を受けることがままある。

 名前も付かない病状による障害を負って、年に数回は発作に見舞われ長期のステロイド治療を余儀なくされる。そのたびにステロイド太りになり、異所性脂肪沈着という副作用に悩まされる。中新性肥満ともいうらしい。読んで字のごとし。おなかだけがぷっくりとふくれてしまうのだ。

 名前も付かない病状と言ったが、医者は気管支の骨粗鬆症ではないかという。それだけでもこれまでのステロイドの乱用を暗示しているのではないかと思うが、緊急発作止めによる延命措置のため、やむを得ないのかなとも思う。
 気管支がこんにゃく状態なので体重が増えても運動もできず、ただひたすら絶食によって体重を減らしていくしかない。昼飯を1食抜く。ただ抜くだけではかえって夕食時にそれを補ってしまうので(^^ゞ、ビスケットのようなものを一つ二つ胃に入れる。
 それを見て、間食ばかりしてるから太るのだと中傷されるわけだ。
 デブの人ならば経験あると思うが、太っているというだけでだいたいその人間の能力まで劣っているのではないかと疑われる。

 確かに、誰よりも怠け者でいい加減で遊び人であることは自覚しているけど、それをデブのせいにされるのは、やっぱり納得いかない。
 デブと私の怠け癖は関係ねぇーだろうよ(^_^;)。

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2009.01.22

貨幣崩壊にいたる恐慌 1

試論:現代世界恐慌の相貌
1. 世界経済の半世紀概観

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100年に一度の危機といわれる。であるならば今回の危機は1930年代の世界恐慌をも上回る大恐慌に見舞われてもおかしくないと思うが、マスコミに登場する様々な評論家のおしゃべりからはそういった危機感を感じることはできない。早ければ今年年央にも、遅くとも3年後にはまた新たな成長が始まるだろうという。本当にそうなのか。私は意見を異にする。これは恐慌である。100年の歴史のパラダイムを一変させる事態がこれから始まるのだ。
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 200万人の群衆に囲まれたホワイトハウスが、一瞬カアバ神殿に見えた。

 1月20日、アメリカのみならず世界の期待を背負い、特にこの国の経団連新年賀詞交歓会に集ったお偉方たちの一途の期待を背負い、バラク・フセイン・オバマがアメリカ大統領に正式に就任した。
 その就任演説からは聴衆を煽るこれまでのなじみのフレーズは影を潜め、抑制されたトーンでより現実主義的な面を浮かび上がらせるような内容になっており、正直肩すかしを食らったような晴れ舞台だと感じたのは私だけではなかったろう。
 もっとも、200万人の聴衆を前にして、27歳のスピーチライターによるこれまでの修辞の数々を抑制したということは、それが自らをポピュリストと位置づけられるのを懸念したオバマ自身の判断だとするならば、確かに巷間言われるようにこの大統領は、これまでの選挙戦向けの見かけよりもはるかに慎重な現実主義者なのかも知れない。

 公民権運動に敬意を払い、ブラック・ルーツ・ミュージックをこよなく愛してきた私にとっても、アフリカン・アメリカンの万感の思いはよく理解できる。また、オバマを通してこれまでの閉塞感に抵抗しようとした若者が、層として政治的にアグレッシブになったということも希望の一つだろう。
 ワシントンを埋め尽くした200万人の市民の個々人の想いには心より敬意を表する。しかしそれと今後このアメリカ第44代大統領が、資本主義の最後的危機を前にして、さらにその延命を図るための使命に忠実に、挙国一致体制への国民動員に全力を尽くそうとしても、その努力は数ヶ月後には早くも空回りしてしまうだろう。彼が当初予定していたプログラム以上の予想だにしなかった政策の選択を迫られるのに、そう時間は残されてはいないだろう。
 今回の危機は、「危機」というレベルなのではないことは以前この誌面上にもすでに書いた。何度でも言うが、これは恐慌である。
 それが恐慌であるという論拠を再度ごく簡単にこれまでに至る資本主義システム変遷の流れを主にアメリカを中心に時代区分ごとに整理する中で示してみたい。

 フォーディズムの終焉

 アメリカ黄金の50~60年代を謳歌したフォーディズム型資本主義の高揚期は、70年代に入るやその資本蓄積率の逓減に悩まされるようになってくる。それは市場の飽和と先の大戦の敗戦国であるドイツ・日本の世界経済のメインストリートへの復帰によって、相対的にアメリカ製造業は厳しい競争に晒されるようになったからである。また、ベトナム戦争の泥沼化は国家財政を逼迫させ、結果、世界通貨として水ぶくれしていたドルは、早々とその金兌換制度の廃止を宣言し、以降ドルは、それが世界通貨だから世界通貨なのだという単なるトートロジーによって通貨としての根本的な裏付けを欠いたまま現在に至る。

 経済の立て直しのためには製造業に変わる新たな成長エンジン、新たな資本蓄積モデルが模索されるようになる。アラブ諸産油国の自立という要因もそれに拍車をかけた。
 70年代は新植民地主義と新帝国主義の時代だと言われるが、すでにこの頃から主要先進国を舞台として現代に至るグランドコンペティション=グローバリズムが進行していたといえよう。

 70年代を通した資本蓄積率の低下に対する処方箋として実験されたのが、ハイエクにその起源を持ち、ミルトン・フリードマンがシカゴ大学でその学派を形成した、ネオ・リベラル派によるチリ・ピノチェト軍事政権の経済立て直しのための処方箋だという。
 フリードマンの弟子たちからなるアメリカ経済顧問団による、緊縮財政と規制緩和という現在に連なる政策の実験は、フリードマン自ら「チリの奇跡」と呼ぶほどの経済復興を遂げたとされる。この「勝利」の経験が、後のサッチャー、レーガンへと受け継がれていく。
 ただし、チリのその後の状況を見れば実はこの「勝利」とはあまりにも皮相な自画自賛でしかなかったことがわかる。以下、Wikipediaからの引用だが、「1973年には4.3%であった失業率が10年間に22%に上昇。貧富の差は急激に拡大し、貧困率はアジェンデ時代の倍の40%に達した。そのため、政権末期はシカゴ学派を政権から追い、ケインズ政策を導入し軌道修正を図った」。

 新自由主義の台頭

 80年代のサッチャー・レーガン・さらには中曽根にまで連なるネオ・リベラル潮流はこれまでのフォーディズムによる階級融和型産業政策を改め、いわば上からの階級闘争を公然と暴力的に推し進めるようになる。
 既存のフォーディズム型製造業はさらに新たな新興勢力(NIES=韓国・台湾・シンガポール・メキシコなど)との熾烈な競争に晒され、この製造業部門での資本蓄積率を上げるには労働者からの収奪率を上げるしかないという選択がなされる。労働者の平均的な労働時間が、その長さにおいて日本を抜き、先進国中アメリカがダントツでトップに立つようになるのもこの頃である。

 労働者からの収奪率の上昇によってもたらされた余剰資本はしかし早くも株式バブルを形成し1987年には「ブラックマンデー」と呼ばれる株価の大暴落を経験する。ネオ・リベラル政策による危機の断続的勃発の、これは初期の最大のエピソードである。
 ブラックマンデーの克服はその後の金融当局による適切な対応によって収束をしたといわれるが、実際はさらなる労働力収奪率の強化と規制緩和による発展途上国からの収奪によって資本蓄積率を回復させたに過ぎない。

 90年代に入り労働者からの収奪率の強化は、確かに資本蓄積率の回復に寄与し、ブラックマンデーの衝撃からの回復を果たした。それによって生まれた余剰資本は投資先を探していた。
 しかし過酷な世界競争に晒され続けた伝統的な製造業はすでに疲弊し、投資先としてはその収益率の低さは一目瞭然であった。利益率の低い製造業への投資は先細りし、それはますます衰退していくという悪循環がこの頃から始まる。以降、投資は実体の伴わない投機としての性格をますます帯び始める。ゲームの始まりだ。そして様々なバブルが形成されいくつもの危機が連続的に起こるようになってくる。

 80年代後半、日本では先行的に不動産バブル景気に沸き、そして現代を先取りするかのようなバブル崩壊─失われた10年を経験する。行き場を失った余剰資本によるバブル育成と破綻という現代に連なる危機を先取りしていたわけだが、このときはまだ一国内的な危機に収まることができた。それはこのバブルの主体が不動産投機にあったのであり、まだ一国内で処理可能な範囲内であったからと言えるからだろう。ただし、その失われた10年を取り返すべく資本の意に添ったネオ・リベラル・ポピュリストの登場によって社会に多大な災害の爪痕を残したのは周知の通り。

 カジノ資本主義の台頭

 90年代に戻る。
 製造業に代わる新たな資本蓄積モデルとして新たなイノベーションが台頭してきた。
 アメリカ軍事情報伝達システム=核戦争にも耐えうる通信システムとして研究開発されていたネット網は最初は各大学間を結び、80年代に入り徐々に民間に開放されてきた。90年代に入りそれはインターネットという世界の通信技術を一変させるほどの「革命」をもたらし始める。IT産業の勃興である。コンピューターは自動計算機という地位から脱し、一挙に世界を変革するほどの地位をそのネット網の整備から受け取ることができた。パソコンの普及はIT産業という一大産業を形成し、余剰資本は一斉にこの新たなイノベーションに群がった。日進月歩ならぬ「秒進分歩」とまで言われたこの急激なIT産業革命は、しかしそのバブルの形成も早く、その命脈はわずか10年と短かった。2000年春ITバブルは早くもはじける。

 しかしこの時期に形成されたビジネスモデルはさらに深刻なバブルを準備することになる。IT産業の成長スピードの速さがこれまでの長期投資による安定した利潤率の確保というビジネスモデルから、短期投資による利潤率の極大化を求めるビジネスモデルへと変貌を遂げさせていくのである。その主役として投資会社などの金融資本の台頭が起こり、主客転倒ともいうべき事態が進行し始める。

 投資会社は、短期的な利潤率極大化を求めはじめ、そのための金融技術もまた急速に発達する。それは金融工学などともてはやされ、市場のカジノ化を局限まで推し進めることになる。
 金が金を生むという実体経済を無視したマネーゲームが世界を覆い始める。インターネットによって可能になった国家の枠を越えた膨大なそして一瞬にして世界を駆け巡る投機的資本取引が世界を覆うようになる。グローバリズムとは国境なき凶暴なマネーゲームの鉄火場と同義語である。

 ITバブルがはじけた際、一瞬この金融資本もひるんだが、時の連邦準備制度理事会(FRB)議長のグリーンスパンは一時的な資本逃避先を準備する。低金利政策による住宅バブルの発生という以前どこかで聞いたことのある事態が発生する。
 2000年代に入り、世界経済の主役プレイヤーは完全に金融資本にとって代わられていた。先に述べた主客転倒である。そして複雑怪奇な「金融工学商品」がこの不動産バブルをやっかいな怪物に変えていった。07年夏、サブプライムローンの破綻としてそのバブルがはじける。しかしこれは89年の日本のバブル崩壊とはその規模も性格も全く異にする事態であることに気付くには、08年10月のリーマン・ショックまで待たなければならなかった。
 単に住宅バブルがはじけたのではなかった。世界の今や唯一の成長エンジンとも言える金融投機取引システムの崩壊が明らかになったのである。

(続く(^^ゞ)

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2009.01.14

セブン、セブン、セブン?

 ウルトラセブンならぬ Windows 7 Ultimate、とりあえずサクっとインストしてみた。

 あちこちで前評判は聞いていたので、あっという間のインストール(約40分弱)にも驚きはしなかったけど、途中パスワードとか出てきて、え?何?秀丸にメモしとこうって、まだインスト途中じゃん(^_^;)、と、手書きのメモかよぉ、とか言ってペンを探してる間にその画面が消えてしまって・・・\(^^:;)...。ったいあれは何だったのだろう(^_^;)。ネットワーク関係のパスワードで、大切なものだったのじゃなかったのかと。

 ところが、んなもん関係なしにネットワークはあっという間に繋がった。ツーか、ワークグループ名も設定せんと、ユーザー名とパスワードを入れたらクリック一発で繋がったけど、逆にそんな簡単に繋がっていいんかい?
 あのパスワードって何に使うんだろう(^_^;)。

 で、「Windows VISTA Second Edition」だけあって、ぱっと見た目サイドバーがないぐらいであまり違いが分からない。あのガチガチのVISTAの厚化粧からすれば、チト柔らかめのお肌を見せて、ツールバーなんかも少しはマックっぽく垢抜けてきたでしょう、と言いたげではあるのだけど。
 確かに体感できるくらい動作も軽くなった。
 はじめからこれ出しとけば袋だたきに遭うこともなかったろうに(^_^;)。

 でも、やっぱり最初の出会いが悪かったな。薄化粧してナチュラル・エコ路線を今更歩んでもらっても、出会った頃のお高くとまって肘鉄連打で私を打ちのめしたVISTA嬢の最初の仕打ちは一生忘れないでしょう(^_^;)。

 で、隠しファイルを表示させると相変わらずデスクトップに2個のiniファイルが現れます。ソバカスは消えませんでした。
 VISTAの日常使用の断念を決定づけた私にとっての最大の理由、エキスプローラーの使い勝手の悪さは、やっぱりそのままなのね(^_^;)。
 いや、少しはすっきりしたのかな。自然体に素直に振る舞うということが大事よねと言っているのは分かるのだけど、まだなんだかさくっと手になじまない。

 はぁー(^_^;)。

 Win2k カムバック!(^_^;)。

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